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~ 色とりどりのパステルで毎日に わくわく を ~



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― 東北初 RSF認定チョークアート教室 ―

 2016/2/28  東日本放送『ナマイキTV!』3月1日放送!

 2016/2/12  宮城テレビ『OH!バンデス』に取材していただきました

 2015/12/24 東日本放送『スーパーJチャンネル』に取り上げていただきました

2014/01/25 仙台放送『あらあらかしこ』チョークアーティストとして出演

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2017年

8月

13日

OBON

 

お盆。

 

例年お盆休みはレッスンいらっしゃる方がいないので

休講にして、私もお盆休みをいただいてます(*^_^*)

 

 

3日間のお休みを頂戴し、

昨年同様新潟の海へ。

 

日本海は晴れてました!

1日目だけ☆(笑)

 

 

 

旅の記録はさておき…

 

 

ここ最近、

命や生、人生、宿命、

 

そんな重いテーマについて

考えさせられることがとても多く、

 

不思議とそんな時は

立て続けにそれに関連する話題に遭遇したりするもので。

 

 

この記事では語りつくせませんが、

今日のお話しをまず。

 

 

主人の実家へお墓参りに行ったのですが

いままであまり注目してなかったんだけど

 

急に仏壇のヨコの1枚の遺影が気になって

 

「この人誰?」

 

 

という話題に。

 

今時期NHKでよくみるような

まさに戦時中といった雰囲気の軍服を着た青年。

 

 

この時代にしてはおそらく珍しい

きれいな写真。

きちんと写真館で撮影されたような全身の。

(よーくみると写真じゃなく絵だったみたい。)

 

 

ここらの部落ではヒーローのような有名人で

軍のとってもとっても偉い方だったそう。

 

その隣にも軍服を着た青年の写真。

 

 

どちらも、主人のじいちゃんの兄弟だそうで。

2人とも戦死だったとのこと。

 

 

じいちゃんはというと、

 

幼いころから片目が見えずらく、

戦争にはいけなかったんだって。

 

 

 

「よかったねー」

 

と素直に思ったんだけど、

当時は「お国のために」でしょ?

 

きっと、

とーっても肩身の狭い思いをしながら

色んなものを背負いながら

一生を過ごしてきたんだろうね。

 

 

「戦争の話を聞こうとすると、機嫌が悪くなって話してくれなかった」

と主人が。

 

 

すごくまじめで、

農業日記みたいなものを、びーーーーちり

毎日毎日夜な夜なつけていたというじいちゃん。

 

 

無念で死んでいった家族のこと、

自分が今生きてること

精一杯やらねばという

その思いは、そんな経験からきてるのかなーとか

想像してみたりして。

 

 

 

何気なしにその辺を歩いているじいちゃんたちも、

私たちには想像もできないような

経験をしてきているんだろうなー。

どんな思いで、今の若者たちを、

日本を見ているんだろう。

 

 

と、いう話を夕飯時晩酌しながら家族と話していると、

私の母が

 

「うちのじいちゃんは、痔で戦争にいけなかったのよ」

 

 

と。

ちょっと笑っちゃたけど、

いや、そのとき痔になってなかったら…

 

 

じいちゃんが亡くなったとき、

じいちゃんに命を救われたという人が現れたそうで

 

「あのとき、止めてもらったから生きてるんです」

 

と。

どうやら、特攻隊なんか志願するな、生きなきゃダメだと

じいちゃんが諭したそう。

 

 

当時、そんな助言をしたと知れたら

きっと自分の身も危なかったはず。

 

 

お国の為に命を捧げることが喜ばしいこととされていた時代に

先進的な考え方をしていたじいちゃん。

 

人の命を救ったじいちゃん、スゴイ。

 

 

戦争なんて、とーーーーい昔の出来事だと思いがちだけど、

それを経験した人がまだ生きてる、

たった数十年前の出来事だということに

 

とても不思議な感じと、

これから先数十年の間に何が起こるんだろうという

ものすごい危うさを感じたり。

 

 

 

 

新潟からの沿岸ドライブ中、

これまた何となく、

震災の話になって、

 

えーーーーそうだったの?!

 

 

という、3/11の出来事。

主人は母を津波で亡くしているのですが、

 

「探しに行く途中の道で沢山人が転がってた」

「体育館に遺体が並んでて、ほんとにひどかった」

「自衛隊が建物の中から一人一人運んでくれた」

「火葬場がなくて、1週間家においてたんだ」

 

という、

出来事は聞いていたけど、

細かいことは話そうとしなかったし

そういえば聞いてなかったなー

 

 

とてもショッキングな話なので、

ちょっと小さい文字にします

嫌な方はひょいと飛ばして読んでね。

 

 

職場から帰ってこない母を探しに

鳴瀬へ。

 

車は入れず、途中で降りて歩いて現地へ向かう途中、

 

泥まみれになって横たわる小さな子供、

助手席でシートベルトをしたままの爺さん。

木の上に引っかかってるおばさん。

 

「小さいころに、どこかで見た地獄絵図まさにそのものだった」

 

 

と。

体育館に安置された沢山の遺体にかぶせられた

布を1枚1枚めくって

「ちがう、ちがう、」

 

と、母親を探した話。

 

 

見つかった遺体を、

ブルーシートのまま父の軽トラの荷台で家まで運んだこと。

 

泥だらけの遺体を、家族や親族できれいにしたこと、

 

 

今でもヘリコプターの音を聞くと

惨状を思いだすということ、

 

 

知らなかった。

 

 

 

この人は、こんな経験をして

毎日ヘラヘラ(?)してたんだと思うと

 

何ともいえない感情に。

 

 

震災のこと、分かったつもりでいたけど

全然だった。

 

 

生きるということは、死ぬということ、

生きるということは、悲しみがいっぱい。

 

 

皆わらって幸せでいれたらいいのにね。

 

 

人それぞれ置かれた環境があって、その場所で

自分の人生を幸せのために精一杯幸せ目指していきること、

それが全員共通の宿命なのかなと。

 

余談ですが、

「先生がお昼寝しないって言ってたから、

私ダメだなと思って寝ないで頑張ってみたんだけど、つらかった…」

  

って、言ってたSさん。笑

いいんだよ、

人それぞれ環境や状況が違うんだから、

忙しい人が偉いわけでも優れてるわけでもなく、

お昼寝する人が怠け者なわけじゃないんだよ!笑

 

 

 

 

 

最近、病気で戦っている子供たちの話を聞くこともあって、

 

 

旅行をしたり、

「楽しくチョークしましょう!」

とか言ってることが

なんだか後ろめたいような、そんな気持ちにもなるけど、

 

 

そうじゃなくて、

今自分が置かれている環境が当たり前ではない、

幸せだということ、

 

したくてもできない人がたくさんいるということを

心にとめて

今日いきてるというこの時間を

めいっぱい活用して(せわしなくするということではなく)、

 

1日1日を積み重ねていくことが大切だなと

そう思ったOBONでした。

 

 

 

死が身近なものだと感じた瞬間、

小さないざこざや、

自分の悩みなんて、

ゴミのような小さなものだと、

そう感じませんか?

 

 

私は、そう感じました。

 

 

建設的なことにパワーを使いたい、

悲しみを喜びのパワーへ!!!!

 

 

OBON

ご先祖様、お帰りなさい☆笑

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